
我が家の息子達は、鬼が大嫌い・・・そんな鬼が出て来る節分。
さて節分は何をするのでしょうか?
知っているようで知らないことが多い節分。今回は節分についてご紹介したいと思います。
節分とは
節分とは、季節の分かれ目を意味していました。
- 立春
- 立夏
- 立秋
- 立冬
それぞれ季節の始まりの日の前日のことを言い、一年に4回「節分」と言う日がありました。
旧暦では立春に、新しい年明けとなる『元旦』があり、その前日は今でいう大晦日に当たります。
『大晦日=節分』と、重要とされる節目の日でもあり、立春の際の節分は大寒の最後の日にあたり、寒さのピークともなる日です。
厳しい寒さを乗り越え、新しい年の幕開けにこの一年の邪気を祓い良い新年を迎えようとする特別な日でもありました。
そのため、次第に節分は立春の日の前日にあたる日が定着してきました。
節分の鬼とは
その昔、人々は季節の変わり目には邪気が生じると考えていました。
そのため、季節の変わり目に邪気を追い払う行事を行いました。
節分の鬼とは、その邪気のことを言います。
形の見えない災害や、病などはすべて鬼の仕業だと考えていたのです。
人間の想像を超えるような恐ろしい出来事は目に見えず、この世の物ではないということを「隠(おぬ」と言い、それが転じて「おに」になりました。
昔の人々にとっては、目に見えないものが災いをもたらしてくる、それがとても恐ろしかったのでしょうね。
いつが節分の日なの?

節分の日と言えば、「2月3日」!
私自身、学生の頃そう教えてもらったような記憶があります・・・
しかし、これはは間違いです。
確かに、ここ数年ずっと節分の日は2月3日でした。
しかし年によっては、2月2日になったり2月4日になったりすることもあります。
さて、どういうことなのでしょう?
節分の日は、立春の前の日と決まっていますが、立春はその年によって変動もするためです。
昔は月の満ち欠けによって暦を決めていました。
現在では、太陽の黄道上の位置により季節が定まっています。
太陽は約一年かけて黄道を一周(360°)します。
一周(360°)を24等分して、それぞれ1年の季節の名称に割り当てたものを二十四節気と言います。
立春の日となる太陽の位置というのが決まっていて、太陽黄経が315度となる日を言います。
その位置にきた瞬間の日が立春になります。
ちなみに、冬至が一年で1番日照時間が短い日というのは、この太陽の位置によって季節が決まっているからなのです。
しかし、公転する周期が約365.24と1年間の日数とずれがあること、4年に1度の閏年(うるうどし)を導入しても、微妙に位置関係が前後してしまうのです。
それに伴い、節分の日も1日前後することもあり、2月2日か2月4日になることもあるのです。
節分の日付は予測のみ
間接的に天体の運行に基づくので、未来の日付は軌道計算による予測しかできないのです。
今のところ、2021年、2025年には2月2日になると予測がされています。
気になるのが、2月4日ですがこれは2100年以降と予測されています・・・
孫の世代ですかね・・・
豆まきをするようになった由来
その昔中国では、大晦日にその年の厄や災難を祓う「追儺(ついな)」や「鬼遣(おにやらい)」という悪い鬼を追い祓う行事がありました。
それが、文武天皇の時代に日本へと伝わり宮中で初めて行われました。
平安時代以降には節分の日に行われる方違え(かたたがえ)行事の中に「豆打ち」という、豆やカチグリをまく儀式があり、この豆打ちと宮中で行われていた行事とがいつの日か同じ日に行われるようになったそうです。
このことから、節分に豆まきをするようになったと考えられています。
ちなみに、現在のような豆まきとなったのは室町時代頃からで、庶民の間にも広まったのは江戸時代と言われています。
豆を投げるのはなぜ?
さて、豆まきですがどうして『豆』だったのでしょう?
他の穀物などでも良かったのでは?と思いませんか。
これには、いくつか説があります。
- 昔の人は、米や豆には、生命力と魔除けの力があると考えていて、お米よりも粒の大きい豆が、邪気を祓うのに最適と考え、豆をまくようになった。
- その昔、京都の鞍馬山に鬼が出て村人たちを困らせていた時に毘沙門天のお告げによって豆を鬼の目に投げつけて、退治したため。
- 豆は、魔(鬼)の目をめがけて退治することから『魔目⇒まめ(豆)』と言われ、魔(鬼)を滅する『魔滅⇒まめ(豆)』に通じると考えらるようになったため。
豆まきをする際には、必ず炒った豆を使いましょう。
生の豆だと、まいた豆から芽がでて魔の芽が根付いて縁起が悪いとされているからです。
また、『豆を炒る=魔(鬼)目を射る』にも通じるからだそうです。
節分に鬼の目に豆を投げ、この一年の邪気を祓い、迎える新しい年の幸せを願うという、昔の人の想いが込められているものなのです。
正しい豆まきの方法とは
節分の豆まきにも正しいやり方がありますのでご紹介します。
- 豆まき用の福豆を升に入れて、豆まきの直前まで神棚にお供えをします。
そうすることで、神様のお力をいただきます。
(神棚がない場合には、目線より高い台やタンスなどの上に、白い紙にのせてお供えをしましょう。) - 豆まきは夜に行います。
鬼は、夜にやって来るとされているからです。 - 豆をまくのは、その家を預かる主人の役目とされています。
また、その年の年男や年女、厄年の人も良いとされています。
その年の年男、年女は縁起が良く邪気を祓う力も強いとされているためです。厄年の人に関しては、その年の厄払いのために豆まきをすると良いとされています。 - 玄関や窓を開けて『鬼は外』と豆をまき、窓を閉めて『福は内』と豆をまきます。
鬼を追い出すように、奥の部屋からスタートして、最後は玄関となります。
鬼が入って来ないように、戸や窓を閉めて福を呼びます。
地域によっては、「鬼も内」というところもあったり、豆まきの順番も変わったりします。 - 豆まきが終わったら、自分の数え年の数だけ豆を食べます。
豆まきが終わったら、その年の厄除けを願って豆を食べます。
節分の豆を食べることによって病気知らずで健康になると言われています。
柊鰯(ひいらぎいわし)を飾る理由とは
節分には、柊鰯が飾られます。
この時期にスーパーやデパートなどへ行くと節分用として鰯や柊が売られていたりしますよね。
柊鰯を飾る理由は、『魔除け』のためです。
昔から「臭いもの」や「尖ったもの」には魔除けの効果があるとされていました。
まつり事などには、よく用いられ、節分の場合には『臭いもの=鰯の頭』、『尖ったもの=柊の葉の棘』を言い、焼いた鰯の頭を柊の小枝に刺して玄関口などにかざります。
そうすることで、鬼が家の中に入って来ようとするのを防ぐことが出来るのです。
この柊鰯の風習は古く、平安時代の『土佐日記』や江戸時代の『浮世絵』にも登場しています。
恵方巻を食べる理由とは
ここ数年間で節分に恵方巻を食べる風習が広がったように感じます。
恵方巻は関東には無い習慣だったそうですが、その起源ははっきりとは分かっておらず諸説あるそうです。
よく知られているのが、江戸時代から明治時代にかけて大阪の花街で商人が芸遊びをして、商売繁盛を願って食べたのが始まりと言われています。
そのころは、「太巻き寿司」や「丸かぶり」寿司と呼ばれ、一本を丸ごと一気に食べることで運を一気につかみ、食べきれないと運を逃すと言われました。
その後も、戦前に大阪の寿司商組合が始め、戦後になると海苔問屋協同組合と組んで「幸運巻寿司」として売り出し、大阪を中心に少しずつ広がりを見せました。
そして、1989年に「恵方巻き」という名前で広島のセブンイレブンで初めて売り出されました。
全国に広まったのは、2000年頃と言われています。
最近では、お寿司に限らず洋菓子店や、和菓子店などでも変わった恵方巻が販売されていますね。
恵方巻きの恵方とは
恵方巻きは、節分の日に恵方を向いて無言で食べると縁起が良いとされています。
恵方とは、「歳徳神(としとくじん)」のいる方角を言います。
歳徳神とは、福徳を司るとされる神様です。
歳徳神のいる方向に向かって事を行えば全てが上手くいくと言われています。
恵方の方角をきめるには
恵方巻を食べる際に、恵方を向いて食べるとされていますが、この恵方はどうやって決められているのでしょうか。
十干(じっかん)
それは、その年の十干(じっかん)によって決められています。
十干とは、古代中国で考えられたもので日本に伝えられました。
十干 | 読み | 意味 | 五行 |
甲 | きのえ | 木の兄 | 木 |
乙 | きのと | 木の弟 | |
丙 | ひのえ | 火の兄 | 火 |
丁 | ひのと | 火の弟 | |
戊 | つちのえ | 土の兄 | 土 |
己 | つちのと | 土の弟 | |
庚 | かのえ | 金の兄 | 金 |
辛 | かのと | 金の弟 | |
壬 | みずのえ | 水の兄 | 水 |
癸 | みずのと | 水の弟 |
10種類からなり、十干は、五行説により説明されるようになると五行が表している五方と結びつけられるようになりました。
十干の2つずつを五行(木・火・土・金・水)にそれぞれ当て、さらに陰陽【兄(え)・弟(と)】を割り当てています。
4つの方角
その年の十干が分かれば恵方の方角が分かるということは、何通りもあるのでは?と思われるのではないでしょうか。
実は、恵方と呼ばれる方角は5つだけなのです。
十干 | 方角 | |
甲の年 | 甲(寅卯の間) | 東北東やや東(75度) |
己の年 | ||
庚の年 | 庚(申酉の間) | 西南西やや西(255度) |
乙の年 | ||
丙の年 | 丙(巳午の間) | 南南東やや南(165度) |
辛の年 | ||
丁の年 | 壬(亥子の間) | 北北西やや北(345度) |
壬の年 | ||
戊の年 | 丙(巳午の間) | 南南東やや南(165度) |
癸の年 |
この5つの恵方を5年周期で繰り返しています。
東⇒西⇒南⇒北⇒南で一つの周期になり、南は重複するため実際には4方向となります。
そのため、5年後の恵方は、今年の恵方と同じ方角になるんですね。
西暦でその年の恵方が分かる
その年の十干は、現代では調べないと分かりませんね。
そこで、西暦を使って分かるルールがあります。
それは十干は10種類で、10年で一回りするためその年の西暦の下一桁の数字とを合わせ見ることができます。
西暦 下一桁 |
十干 | 方角 | |
4 | 甲の年 | 甲 (寅卯の間) |
東北東やや東 (75度) |
9 | 己の年 | ||
0 | 庚の年 | 庚 (申酉の間) |
西南西やや西 (255度) |
5 | 乙の年 | ||
6 | 丙の年 | 丙 (巳午の間) |
南南東やや南 (165度) |
1 | 辛の年 | ||
7 | 丁の年 | 壬 (亥子の間) |
北北西やや北 (345度) |
2 | 壬の年 | ||
8 | 戊の年 | 丙 (巳午の間) |
南南東やや南 (165度) |
3 | 癸の年 |
2022年の恵方とは
2022年は、下一桁が「2」なので、上の表で見ると、十干は『壬』の年です。
そして、歳徳神は北北西やや北(345度)にいらっしゃいます。
まとめ
2022年の恵方は北北西やや北(345度)の方角です。
いかがでしたか?
今回は、節分についてご紹介しました。
意味を知ると奥が深いことが分かりましたね。
今年も、元気な声で鬼退治をして寒い冬を乗り越えましょうね!
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